大阪地方裁判所 平成5年(ワ)4778号 判決 1993年12月21日
原告
河本貞美こと朴貞美
ほか二名
被告
高村光彦
ほか一名
主文
一 被告らは連帯して原告らに対し、各金七〇八万九九六円及び各内金六四四万九九六円につき平成四年八月三日からいずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その六を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告らの請求
被告らは連帯して原告らに対し、各金一一六四万九二五六円及び各内金一〇八四万九二五六円につき平成四年八月三日からいずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告高村が普通乗用自動車(以下「高村車」という。)を運転して交差点を通過しようとした際、右方から自転車で進行してきた内村昌一こと朴奉守(以下「亡奉守」という。)と衝突し、その直後、被告西口の運転する普通乗用自動車(以下「西口車」という。)が、路上に転倒している亡奉守を轢き、これらによつて亡奉守が死亡した事故について、亡奉守の遺族である原告らが被告らに対して、民法七〇九条に基づく損害賠償を請求したものである。
一 争いのない事実
1 交通事故の発生
日時 平成四年八月一日午後一一時五分ころ
場所 大阪市西成区天下茶屋東一丁目二三番二〇号先路上
態様 被告高村が、飲酒して高村車を運転し、ロータリー式のT字型交差点を時速約七〇キロメートルの速度で東から西に通過しようとした際、同交差点東寄りを北から南に向けて自転車で横断中の亡奉守を一三メートル手前で発見し、急ブレーキをかけるとともに、ハンドルを左に切つたが間に合わず、亡奉守を高村車の前部、ボンネツト、フロントガラスに衝突させて路上に転倒させたが、飲酒運転が発覚するのをおそれて、事故の発生を通報せず、被害者を救護しないまま逃走した。その直後、被告西口が、飲酒して西口車を運転し、同交差点に西から東に向けて進入し、同交差点で転回して西進しようとした際、同交差点の西行車線上に転倒していた亡奉守に気付かず、亡奉守を轢き、西口車の下部に亡奉守を挟んだまま、約七二メートルにわたつて、亡奉守を轢きづり、通行人からの注意で、初めて亡奉守を轢いていることに気付いて停車し、亡奉守を救護した。亡奉守は、被告らの右各行為によつて、脳硬膜下及びくも膜下出血、頭蓋冠、頭蓋底骨折、左多発性肋骨骨折、左肺挫傷などを伴う全身損傷により、平成四年八月二日午前七時五四分に脳損傷で死亡した。
2 身分関係及び相続関係
亡奉守は、原告ら三人のほか、朴貞淑、朴貞任、朴奉根、朴貞子、朴健一の九人兄弟であつたが、朴貞淑、朴貞子、朴健一はいずれも死亡し、いずれもその直系卑属は存在しない。したがつて、亡奉守の相続人は、原告ら三人と、朴貞任(所在不明)、朴奉根(所在不明)の合計五人であり、右五人が、亡奉守の権利義務を各五分の一の割合で相続した。
二 争点
1 損害額(逸失利益、慰謝料、葬儀費、弁護士費用)
2 過失相殺(被告らは、亡奉守が、無灯火の自転車に乗つて、東西方向の道路を北東から南西に向けて斜めに横断していたものであるうえ、本件事故現場から約一三メートル東側には、信号機のある横断歩道が設置されていたのであるから、横断歩道を信号に従つて横断すべきであつたとして、五〇パーセントの過失相殺を主張する。)
第三争点に対する判断
一 証拠(甲一の1ないし14)によれば、以下の事実が認められる。
本件事故現場は、別紙図面記載のとおり、東西に伸びる道路(以下「東西道路」という。)と、南北に伸びる道路が東西道路の北端で交わつたT字型交差点であり、同交差点の中央部分には、ロータリーが設置されている。本件事故現場付近の制限速度は、時速四〇キロメートルである。被告高村は、高村車を運転して本件事故現場の手前約九九・六メートルの<1>地点(以下、別紙図面上の位置は、同図面記載の記号のみで表示する。)に差しかかつた際、進路右前方の自動販売機の付近に視線を移し、さらに、<1>地点から約四七・四メートル進行した<2>地点で進路左側に視線を移した。そして、<2>地点から約三五・七メートル進行した<3>地点で、<ア>地点をやや西寄りに南進する亡奉守の自転車を発見し、急ブレーキをかけるとともに、ハンドルを左に切つたが、<3>地点から約一六・五メートル進行した<4>地点で、高村車の右前部が自転車の後部に衝突した(被告高村は、右衝突後、<5>地点がら<6>地点を経て逃走した。)。右衝突後、亡奉守は、ロータリーの南東角付近の路上に転倒していたところ、東西道路を東進して本件交差点に進入し、ロータリー沿いを南進してきた被告西口車に轢かれた。なお、<ア>地点から約一三・三メートル東側には、横断歩道と、押しボタン式の歩行者用信号機が設置されている。
二 損害
1 逸失利益 各三三一万七九一三円(請求 各三九一万五九二三円)
亡奉守は、昭和九年五月九日に大阪市西成区で生まれ(本件事故当時五八歳)、本件事故当時、健康で、日雇いの土木作業員をし、大阪市西成区内の借家に一人で住んでいた。亡奉守には、死亡当時、定期預金一五〇万円と郵便貯金一〇万円程度の蓄えがあつた(甲二の1、2、原告柿花本人)。
右に認定した亡奉守の年齢、健康状態、就労状況、生活状態からすると、亡奉守は、本件事故当時(五八歳)から六七歳までの九年間(中間利息の控除として新ホフマン係数七・二七八二を適用)にわたり、平成二年賃金センサス男子労働者小学・新中卒五五歳から五九歳の平均年収四五五万八七〇〇円の収入を得る高度の蓋然性があつたと解され、また、亡奉守の右生活状態からすると、右期間中の生活費として五〇パーセントを控除すべきである。
そうすると、逸失利益に関する原告らの請求は、各三三一万七九一三円(前記年収四五五万八七〇〇円に前記新ホフマン係数と生活費控除率を適用した一六五八万九五六五円に対して原告らの相続分各五分の一を適用。円未満切り捨て、以下同じ。)となる。
2 慰謝料 各四四〇万円(請求 各六六〇万円)
前記二1(逸失利益)で認定した亡奉守の身上関係、生活状況、原告らとの身分関係、本件が飲酒、ひき逃げ事故であること、その他一切の事情を考慮すると、慰謝料としては、原告らにつき各四四〇万円が相当である。
3 葬儀費 各三三万三三三三円(請求 各同額)
本件事故後、原告朴貞美が亡奉守の遺体を引き取り、原告ら三人が葬儀を行つた(原告柿花本人)。右事実に、前項二1(逸失利益)で認定した亡奉守の社会的地位、その他一切の事情を考慮すれば、葬儀費としては、原告らにつき各三三万三三三三円が相当である。
4 弁護士費用 各六四万円(請求 各八〇万円)
原告らの各請求額、前記各認容額、その他本件訴訟に現れた一切の事情を考慮すると、弁護士費用としては、原告らにつき各六四万円が相当である。
三 過失相殺
前記一で認定した本件事故状況に、前記争いのない本件事故態様を考慮すると、被告高村は、本件交差点を通過する際、飲酒の上、進路前方の注視を怠り、制限速度を時速約三〇キロメートルも越える高速度で進行したため、自転車で走行していた亡奉守の発見が遅れて衝突し、路上に転倒している亡奉守をそのまま救護することなく、他の車両に轢過されるおそれのある夜間の道路上に放置したまま現場を逃走し、その直後に、現場に差しかかつた被告西口も、飲酒の上、進路前方の注視が不十分であつたため、路上に転倒している亡奉守に気付かず、亡奉守を轢き、車体の下に挟んだまま走行したため、結局亡奉守を死亡させたもので、被告らの過失は極めて重大であるが、他方、亡奉守も夜間、自転車で本件交差点を通過する際には、接近してくる車両の有無、動静に十分注意して走行すべきであつたうえ、本件事故現場のすぐ近くには、横断歩道と、押しボタン式の歩行者用信号機が設置されていたのであるから、これを利用すれば本件事故の発生を防ぐことができたと解される点で落ち度があるといわなければならず、右の諸事情を考慮すれば、本件事故発生について、被告らには八〇パーセントの、亡奉守には二〇パーセントのそれぞれ過失があると解される(なお、被告らは、本件事故当時、亡奉守の自転車が無灯火であつた旨主張するが、右主張を認めるに足りる証拠はない。)。
そうすると、各八〇五万一二四六円(前記二1ないし3の損害合計額)に右過失割合を適用した過失相殺後の金額は、各六四四万九九六円となる。
四 以上によれば、原告らの被告らに対する請求は、各七〇八万九九六円(前記過失相殺後の金額各六四四万九九六円に前記三4の弁護士費用各六四万円を加えたもの)と各内六四四万九九六円(前記弁護士費用を控除したもの)につき亡奉守が死亡した翌日である平成四年八月三日からいずれも支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 安原清蔵)
別紙図面
<省略>